万葉の心(毎日文庫)

著者の『万葉集』への思いが詰まった本である。冒頭の「籠もよみ籠もち」の歌は、雄略天皇作と言われるが、天皇が娘を見初める聖なる行事を題材にした儀礼的な恋の歌と詠む。天皇から庶民まで様々な階層の者の作品を収めた歌集でありながら、冒頭が天皇作の歌であることが意味深長である。『宋書倭国伝』のなかで「武」と記述される倭王は、武勇で有名な天皇であるが、これは天皇自身の自画自賛の歌である。大和を治めている王が天皇統治を誇らしげに語る歌である。その自信が娘への言葉に表れている。「告らめ 家をも名をも」の言葉には、娘に「家と名を告げなさい」と語りかけ、「自分は大和の国を治める王なのだよ」と歌い上げる。これは恋を題材としながらも、自分の力を誇示した歌と解釈すべきなのだ。武（倭王）＝雄略天皇の自画自賛の歌と解釈する方が妥当ではないか。このような政治的意味合いを有する歌集が『万葉集』なのだ。私的（個人的）な恋の歌ではない。その点において、後の『古今和歌集』や『新古今和歌集』とは内容が異なる。山上憶良の有名な『貧窮問答歌』も、貧しい農民の窮状を訴える歌として有名であるが、国を治める天皇統治を批判する意味合いがあるのかもしれない。個人的な和歌の解釈のみではなく、作者の社会的心情も読み取るべきである。『万葉集』を片手に本書を読む必要がある。様々な解釈が成り立ちうる歌集が『万葉集』ではあるまいか。お勧めの一冊だ。